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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)560号 判決 1975年12月18日

原告

友岡栄子

被告

大崎俊男

主文

被告は原告に対し、金二七九万九、〇六二円および内金二五四万九、〇六二円につき昭和四八年一二月八日から、内金二五万円につき昭和五〇年二月二日から、それぞれ支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その一を被告の負担とする。

この判決中原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は原告に対し、金八七二万七、二七〇円および内金七七二万七、二七〇円に対する昭和四八年一二月八日から内金一〇〇万円に対する本訴状送達の日の翌日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は次の交通事故(以下本件事故という)により負傷した。

(一) 日時 昭和四八年一二月八日午後四時二〇分頃。

(二) 場所 杉並区永福一―三九―一四先路上

(三) 加害車 被告の運転する普通乗用自動車(練馬五五て二二六〇)

(四) 被害者 原告

(五) 態様 原告が横断歩行中、加害車に衝突された。

2  傷害の部位、程度

原告は本件事故の結果、左下腿骨々折、右視神経管骨折の傷害を蒙り、事故当日から同年一二月一八日までは佼成病院に、一二月一八日から翌四九年一月二〇日までは関東労災病院に各入院(通算入院日数四四日)するとともに、関東労災病院に昭和四九年八月二日まで通院治療(実通院日数一一日)したが右眼は失明し、左腓骨々折部は少しずれて癒合する状態となつた。

3  責任原因

被告は加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障(以下自賠法という)第三条により原告の蒙つた後記損害を賠償する責任がある。

4  損害

(一) 治療費 金一五万九、五七〇円

原告は治療費として金一五万九、五七〇円を要し、同額の損害を蒙つた。

(二) 入院雑費 金二万二、〇〇〇円

原告は入院雑費として一日五〇〇円の割合による四四日分金二万二、〇〇〇円の支出を余儀なくされ同額の損害を蒙つた。

(三) 付添看護料 金二万二、〇〇〇円

原告は入院中一一日間付添看護を要したので一日二、〇〇〇円の割合による一一日分金二万二、〇〇〇円の損害を蒙つた。

(四) 通院費 金一万一、四〇〇円

原告は通院費として金一万一、四〇〇円を支出し、同額の損害を蒙つた。

(五) 逸失利益 金七二七万六、一八〇円

原告は右眼を失明(後遺障害等級第八級に該当)したので、労働能力の四五%を喪失したとみるのが相当である。

原告は本件事故当時一二才の女子であつたが、中学校卒業時である一五才から就労を開始し六七才までの五二年間、昭和四八年賃金センサス第二巻による中卒女子産業計企業規模計全年令平均年収額金七六万四、七〇〇円に昭和四九年度における平均賃上げ率三二・九%を加算した年収金一〇一万六、二八六円を得たはずである。

よつて原告の逸失利益を複式ライプニツツ方式により年五分の中間利息を控除して現価を算出すると金七二七万六、一八〇円となる。

(六) 慰藉料 金三九六万円

原告は右眼を失明し、左下腿には大きな手術瘢痕を残し、左足関節部の圧痛にも悩まされている。日常生活にも大変な不便不自由を今後しのんでいかなければならないことであろう。大きな結婚障害にもなるものと思われる。右の事情に前記の如き入通院期間を勘案すると、原告の精神的苦痛を慰藉するには金三九六万円の支払があつて然るべきと思料する。

(七) 損害の填補

原告は被告から損害賠償金の一部弁済として金三七二万三、八八〇円(後遺障害補償費金三三六万円を含む)を受取つた。

よつて以上の損害合計額金一、一四五万一、一五〇円から右填補額を差引くと金七七二万七、二七〇円となる。

(八) 弁護士費用

被告は原告の損害賠償請求に対し、自賠責保険金以外一銭の支払にも応ぜず誠意がみられないので、原告は弁護士たる本訴代理人に訴訟の追行を委任し、東京弁護士会所定の報酬の範囲内で着手金及び成功報酬として金一〇〇万円支払うことを約した。

5  結語

よつて原告は被告に対し、金八七二万七、二七〇円および弁護士費用を除く内金七七二万七、二七〇円につき本件事故日である昭和四八年一二月八日から、弁護士費用金一〇〇万円につき本訴状送達の日の翌日から、それぞれ完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項(事故の発生)は認める。

2  同第2項(傷害の部位、程度)は不知。

3  同第3項(責任原因)は認める。

4  同第4項(損害)のうち(一)(治療費)(四)(通院交通費)(七)(損害の填補)は認める。(二)(入院雑費)については一日金三〇〇円の範囲で入院期間(四四日)中につき認める。(三)(付添看護料)は一日につき金一、三〇〇円宛の一一日分を認める。(五)(逸失利益)につき、昭和四九年度の賃上げ平均率三二・九%を昭和四八年度賃金センサスによる平均賃金額に上乗せ加算することは平均賃金の算出方法として不当である。また稼働能力喪失期間は治癒後一〇年が相当である。(六)(慰藉料)(八)(弁護士費用)は争う。

三  抗弁

1  自賠法第三条但書による免責の主張

被告は、本件交通事故の発生日時頃、当該現場付近を時速一〇ないし二〇キロメートル程度の速度で加害車の前方を充分に注視して運転進行中、事故現場である信号機のない丁字路に、折柄被告の進行する車線の対向の車線の道路上を連続して渋滞して停車中の貨物四輪車の後部(加害車からは右貨物自動車の影に隠れて原告の姿を見ることができない。)から、原告は本件道路を横断するため突然に加害車の直前に飛び出して来たものであり、咄嗟のことでありこれを避譲するいとまもなく加害車は原告に衝突したものである。

よつて被告は前方不注視の注意義務違反のないことはもちろん運転するについて注意を怠つてはおらなかつたものであり、かつ原告は三〇メートル以内に横断歩道があるのにこれを渡らず、交通渋滞中の貨物自動車と乗用自動車(タクシー)との間を駈け抜けるように急ぎ足で通り抜け、反対車線を進行して来る車の有無、位置等横断の安全を確認することなく大丈夫と軽信して飛び出すようにして反対車線を横断した重大な過失があり、しかも加害車には構造上の欠陥または機能上の障碍もなかつたのであるから、自賠法第三条但し書により、本件事故につき免責されるべきである。

2  過失相殺

仮に被告において過失があつたとしても原告には前記重大な過失があるから、被告の過失は二、原告のそれは八であるとして、これにより原告の損害について過失相殺さるべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁1、2は争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因第1項(事故の発生)は当事者間に争いがない。

二  同第2項(傷害の部位、程度)について。

〔証拠略〕によれば原告は本件事故の結果、左下腿骨々折、右視神経管骨折の傷害を蒙り、事故当日の昭和四八年一二月八日から同年一二月一八日までは佼成病院に、一二月一八日から翌四九年一月二〇日までは関東労災病院に各入院(通算入院日数四四日)するとともに、関東労災病院にその後も通院して治療を受けたこと、

原告は本件事故による後遺障害として、右眼が失明し(自賠法施行令別表の第八級第一号に該当)、左腓骨々折部は少しずれて癒合し脛骨の生長障害の可能性が残つていること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

三  請求原因第3項(責任原因)については当事者間に争いがないから、被告は本件事故と相当因果関係にある後記原告の損害を賠償する責任がある。

四  請求原因第4項(損害)について判断する。

1  治療費

原告が治療費として金一五万九、五七〇円を要したことは当事者間に争いがない。

2  入院雑費

原告が支出した入院雑費につき具体的な立証はないが原告が入院当時一日金五〇〇円を下らない入院雑費を支出したと推認できるので、原告の入院期間(四四日)分の入院雑費として金二万二、〇〇〇円が認められる。

3  付添看護料

原告は入院中一一日間近親者による付添看護を要したことは当事者間に争いがなく、近親者の付添看護料は本件事故当時一日金二、〇〇〇円を下らないと評価するのが相当であるから、付添看護料として金二万二、〇〇〇円が認められる。

4  通院費

原告が通院費として金一万一、四〇〇円を支出したことは当事者間に争いがない。

5  逸失利益

原告は、前記二認定のとおり本件事故による後遺障害として右眼を失明(後遺障害等級第八級第一号に該当)したので原告の労働能力喪失の割合を検討するに、労働省労働基準局長通牒(昭和三二年七月二日付基発五五一号)所定の労働能力喪失表によれば四五%の労働能力喪失とされているが、原告は本件事故当時一二才(原告本人尋問の結果)の小学校六年生であるから、今後の職業選択に際し右障害の影響を最少限にとどめられる仕事を選択できるし、訓練等によつて右障害を克服できる可能性もあること等の事情を考慮すると、原告の本件事故の後遺障害による労働能力喪失は左記労働可能期間を通じて三五%と評価するのが相当である。

原告は本件事故当時一二才の健康な女子であつたから、中学卒業時の一五才から就労を開始して六七才までの五二年間稼働できるものと認められる。また当裁判所に顕著な労働省労政局統計情報部作成の「賃金構造基本統計調査報告(昭和四八年度)」第一巻第二表によれば中学卒業女子の産業計企業規模計全年令平均年収額は金七六万四、七〇〇円(別紙計算参照)であり、労働省労政局調べによる昭和四九年民間主要企業春季賃上げ率は三二・九%であるので、右平均年収額も昭和四九年度において三割程度賃上げされた金九九万四、一一〇円(別紙計算参照)程度と予想されるところ、原告は、本件事故に遭遇しなければ右昭和四九年度の平均年収額を下らない年収を右稼働可能期間を通じて得られるものと推認される。

よつて以上の数値を基礎にして原告の本件後遺障害による逸失利益を複式ライプニツツ方式により年五分の中間利息を控除して別紙計算のとおり現在価値を算出すると金五五三万五、七一一円となる。

6  慰藉料

原告および原告法定代理人親権者父友岡隆の各本人尋問の結果によれば、原告は右眼の失明により学業習得に支障をきたし、また左足が痛むので飛んだり跳ねたりできず体育の時間も見学しなければならない時もあることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実に前記二認定の傷害の部位、程度、入通院期間、後遺障害ならびに本件口頭弁論に顕れた一切の事情を考慮すると、原告の本件事故による精神的苦痛に対し慰藉料として金三九〇万円が相当と認められる。

五  免責の抗弁

〔証拠略〕によれば、

本件事故現場は南西方向(至甲州街道)から北東方向(至井の頭街道)に通ずる幅員七・七五メートルの見通しの良い直線道路(以下本件道路という)に、北西方向(至永福二丁目)に直角に幅員三・二〇メートルの道路が分岐する丁字型の信号機のない三差路交差点(以下本件交差点という)であること、いずれの道路も歩車道の区別がなくアスフアルトで舗装され、本件事故当時路面は乾燥していたこと、

本件道路の両側は人家の密集する商店街で人通りも多く、時速四〇キロメートルに速度制限されていたこと、本件事故当時、北東方向へ進行する車は鉄道の踏切が閉つていたので長く渋滞して停車中であつたが南西方向へ進行する車線は空いていたこと、被告は本件衝突地点の北東約八〇メートル先の交差点を右折して本件道路を北東方向から南西方向に加害車を運転しながら時速二〇キロメートルで本件交差点にさしかかろうとした際、加害車の前方約三メートル先を反対車線に渋滞して停止中の積載量一・五トン位のダンプ型小型トラツクの後部から原告がかけ足で加害車の前に飛び出してきたのを発見、急ブレーキをかけたが加害車の右前部と衝突したこと、原告は友人三人と本件道路の左側を北東方向から南西方向に歩いてきて、原告一人が本件交差点を横断して本件道路の反対側に渡つたところ、すぐに友人から手招きしながら呼び戻されたので一言二言応答した後、渋滞して停止中の右一・五トントラツクとその後続車のタクシーの間をかけ足で渡り対向車線に出たところ出合頭に加害車と衝突しこと、被告は加害車の前方六・三メートルの本件道路の左側に二人の女子がいたのを認めたが女子の呼戻行為には気付かなかつたこと、本件現場に一番近い横断歩道は本件現場の北東八〇・三五メートル先の交差点の所にあつたこと、以上の事実が認められ右認定事実に反する〔証拠略〕は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告が原告を約三メートル先に発見した時には、時速二〇キロメートルで走行していた加害車にブレーキをかけても約三メートル内で停止させることは経験則上困難であるから、右時点では原告との衝突を回避することが不可能であつたことは明らかで被告の過失は問い得ない。

そこで被告が原告を発見する以前に被告に過失がなかつたかについて検討するに、右認定事実によれば本件道路の両側は人家の密集する商店街で、本件事故当時は買物客等歩行者が多数往来する時間帯(本件事故は午後四時二〇分に発生した)であり、加害車進行の対向車線側は渋滞して停止している車が連続していたのであるから、またさらに本件現場附近には加害車進行車線の左側で対向車線に向つて手招きで人を呼び寄せる行為をしていたのであるから(本件道路は直線で見通しは良いので加害車から右行為は見えたはずである。)、かような場合は右停止中の車の間から歩行者が横断を開始することも十分に予見し、かつ右停止車両の間から出て来る人の有無に特に注視し突然に歩行者が飛び出してくることにそなえ即時急停車をなし得る程度に徐行すべき注意義務があると解せられるところ、被告は加害車を運転して漫然と時速二〇キロメートルで進行した点に過失が認められる。よつて被告の免責の主張は認められない。

六  過失相殺

前記四で認定した事実によれば、原告は停車中の一・五トントラツクの後から反対車線の車の有無、位置等を確認することなくかけ足で突如加害車の直前約三メートルに飛び出した点に過失が認められる。原告の右過失は本件事故を招いた上で重大なものと評価できるから三割五分相殺するを相当と認める。

よつて前記四で認定した損害合計金九六五万〇、六八一円を三割五分過失相殺すると金六二七万二、九四二円となる。

七  請求原因第4項(八)(損害の填補)は当事者間に争いがないから填補額金三七二万三、八八〇円を控除すると損害残額は金二五四万九、〇六二円となる。

八  弁護士費用について、特に具体的な立証はないが、原告が本件訴訟の追行を弁護士である本訴原告代理人に委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、弁護士に訴訟の追行を委任した以上そのための報酬等を支払うべきことは当然であるから本件訴訟の経過および認容額、事案の難易等に照らし、本件事故と相当因果関係にある損害として被告に請求し得べきものとしては金二五万円が相当と認められる。

九  結論

以上のとおり、原告は被告に対し金二七九万九、〇六二円および弁護士費用を除く内金二五四万九、〇六二円につき本件事故発生日である昭和四八年一二月八日から、弁護士費用金二五万円につき本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五〇年二月二日から、それぞれ支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利を有するので、原告の本訴請求を右の限度で認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条の規定を、仮執行の宣言につき同法第一九六条の規定を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 馬淵勉)

別紙

原告の収入

(53,200円×12+126,300円)×1.3=994,110円

原告の逸失利益

994,110円×0.35×(18.6334-2.7233)≒5,535,711円

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